人間は精神進化を遂げるほどに、愛のある動機で様々な行動を起こすことができます。
すると、その行動は摂理による叡智を帯びたものになっていきます。

行動の動機に愛があればあるほどその行動は本質的に良い報いがあるでしょう。

例えば、他者に対するアドバイスをした時では、アドバイスした側の動機が愛そのものであるほど、相手に対して「アドバイスをされた事の意味」を理解させるような出来事が引き起こされます。
(必ず、そのアドバイスの内容は、愛と相応な分だけ適切な内容となります。)

例えば、愛情深い母親と人の意見を聴かない15歳の子供がいます。

母親は子供への純粋な愛により
「人の意見は神様の声だから、自分のこだわりに反する意見ほど聴いた方がいいよ」とアドバイスをしました。
子供は人の意見を聴きませんので、その時はそれを無視しました。
すると、その子供に対して「人の意見を聴いておけば良かった」と思えるような出来事(失敗)が摂理により起こされます。

その子供が失敗により人の意見を参考にできるようになるかどうかは、本人のカルマ(精神)にも関わってくるので別となりますが、母親の愛が子供に精神進化のきっかけを与えています。

これはカルマの連鎖の過程で常に起こっていることです。

一方、親が愛の無いアドバイスをすればするほどに、アドバイスされた側の子供の精神的欠点が増すか、「親の言うことなど当てにならないな」と子供が思うような出来事が引き起こされます。
もちろん、これらの作用はアドバイスした側のカルマだけではなく、本人のカルマ次第の部分もあります。

子供側の精神が進化を遂げているほどに、アドバイスした親の愛がそこまでではなくとも、引き起こされた出来事によりその愛(叡智)を理解できるでしょう。
子供側の精神が進化を遂げていないほどに、アドバイスした親の愛が優れていて、引き起こされた出来事の意味が分かり易くてもその愛(叡智)を理解できないでしょう。

それで、このような摂理を成り立たせる背景には、人間の出来事を引き起こす霊的存在の関与があります。
誰一人として霊的存在と無関与の人間はいません。

それで、様々な霊的存在がいるのですが、愛(叡智)に溢れた霊的存在であるほど「人間に対するあらゆる面での保護(精神の進歩を邪魔しない範囲での保護)」「精神的欠点を克服させるための出来事」を引き起こします。
その一方、人間に関して言えば、愛に溢れた人間であるほど、無意識に上記のような霊的存在の意図を代行し、その仕事をサポートするような行動を取ります。

これについては、上記で扱った、愛情深い親と人の意見を聴かない子供の例でお伝えいたします。

人の意見を聴かない子供を進化へと導く高度な霊的存在がいます。

その霊的存在は、

「人の意見を聴かない欠点を早いうちに潰すための出来事を起こしたい。(人の意見を聴かないことで本人の大切なモノを失う、など)しかし、今その出来事を引き起こしても、本人が自身の欠点に気が付く見込みはあまり無い。だれか、欠点を潰すための出来事を引き起こす前に、”人の意見を聴いた方が良い”と説得力のあるアドバイスをできる人間はいないだろうか?」

と考えています。

母親の精神が進化を遂げている場合(愛が大きい場合)では、高度な霊的存在と精神がシンクロし、霊的存在の仕事をやりやすくするようなアドバイスや立ち振る舞いをする事になります。

このようにして、愛が大きいほどに、自分よりも高度な叡智を持つ存在と連帯関係が結ばれ、叡智に沿った行動をすることになります。
高度な霊的存在はその分だけ視野が広いので、その影響を受けた人間もまた広い視野にのっとった行動を無意識にとります。