「摂理に沿った生き方をする」というと、
あらゆる奉仕は無償で行うものであるという印象が強いかもしれません。

以前に、下記のページでも
物的報酬が少ない中での貢献は本質的報酬が多くなると書きました。

報酬に見合わない労働に対する埋め合わせの法則

しかし、摂理は、精神進化のために
有償での他者への貢献機会も大切とされています。

今回は、

『有償での世界貢献もまた大切である理由』

についてお伝えいたします。

他者のために無償で貢献した場合では、
「物的報酬が得られない分の埋め合わせ」と「相手が助けられた度合い(相手が価値を受け取れた度合い)」
とが計算され、貢献した側の精神進化として本質的報酬が返ってきます。

摂理において、無償での奉仕は最高の報酬が得られる機会といっても過言ではありません。

しかし、物的報酬無しには生活することができないこの世だからこそ、得られる精神進化の機会もあります。

それが”有償で世界貢献せざるえない状況”です。

無償奉仕というのは過酷なように思われるのですが、実際の所、有償でやるよりも気楽な部分もあります。

なぜなら、物的対価を得ていないので、資本主義においては、
その行為に対して責任があまり無いと観られるからです。
(摂理の上で責任は発生していますが、物的対価を得ていない分だけ、
責任が割り引かれている面もあります)

そのため、摂理は人間に対し無償での貢献ばかりをさせません。

有償での貢献機会を持たせることで、
優れた責任感やプレッシャーに強い精神を築くことができるよう導いていきます。

また、有償で価値を受け取る側に対しても、
その物の価値を正確に認識させようとする意図などもあります。

無償で物を受け取り過ぎると、ありがたみを感じなくなることからも分かるよう、
精神が未開発な人であるほどに「無料で物を受け取る機会ばかりが多い」というのは
本質的には堕落の危険性のある過酷な事です。

ですので、
人間が無償で物を受け取り過ぎないように、
有償で物を受け取る機会なども十分に得られるよう摂理により調整されています。

寄付による世界貢献から始めなければ、
誰かのために何かを無償で提供することから始めることになると思いますが、
無償で提供したがゆえのひずみは中々避けられないでしょう。
(この場合においても、提供側の精神進化がすすむほどに、
そのひずみが起こらない方向へと徐々にですが導かれます)

寄付による実践を全力でやるほどに、
何らかの形で、有償での世界貢献をせざるえない状況になりますが、
その実、世界全体に対してひずみを産みにくい物へと調整されていきます。